「剣菱」という名の伝統

剣菱酒造を訪ねた。

昨年、一般社団法人伝統文化交流協会から「日本酒をテーマとするイベントをやりたい」との相談を受け、イベントの企画運営に携わらせていただくことになった。折しも日本の「伝統の酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され、伝統文化として日本酒を見直そうという機運が高まりを見せていたタイミングであり、「伝統の酒造り」をテーマに据え、会場として用意されていた歌舞伎座・花籠ホールに因んで「歌舞伎座酒亭」と新たに始めるイベントを名付けた。

第1回目の企画は容易だった。長年懇意にしていただいている月の井酒造の石川達也杜氏が日本酒造杜氏組合連合会の会長など、ユネスコ無形文化遺産の登録に当たっても表に立って対応されている立場でもあったので「伝統の酒造り」をテーマとするイベントの第1回目のゲストに相応しいことは疑いの余地がない。依頼を受けて即座に電話したほどだ。企画は後回しであった。

さて、第2回。すでに企画は行き詰まった。1月の末、造り手は再繁忙期に突入していて、東京のイベントに出掛けてきてくれるはずもない。困り果てて、大塚酒店の横山京子女将に電話した。知恵袋のような京子さん、思わぬアイデアを授けてくれた。

「剣菱の白樫社長の講演を聞いたことがありますが、とても面白かったですよ」

その手があったか。まさに盲点を突かれた思いだった。

善は急げ。すぐ剣菱酒造に電話した。残念ながら何のコネもない。白樫社長は不在であったが、電話口の女性に用件を伝えると、その日のうちに社長ご本人から電話があった。「私でよければ喜んで」と快諾をいただいたのである。

剣菱酒造

幸運はあるうちに利用するべきである。数日を待たず、私は「ご挨拶方々、一度蔵を訪問させてほしい」とメールした。それから剣菱酒造への訪問が実現したのは、1ヶ月近く経った10月の小雨の日だった。横山京子さんも同行である。

実際にお会いすると白樫政孝社長は実に気さくな人であった。電話でも柔らかく朗らかな語り口であったが、想像以上に親しみやすい。室町時代の創業と聞くと代々続いた系譜の当主といった重みを想像するが、剣菱は「M&Aの歴史」であり白樫社長自身も四代目との話に驚く。それでも様々な重圧があるだろうが、一切気負いを感じさせないのが不思議だ。出し惜しみなく、剣菱の歴史を裏話を交えながら面白おかしく話してくれる。余りにサービスが過ぎて、同席の幅課長が袖を引っ張るほどである。その息のあった掛け合いが気のいい殿様と老中の風情でまたおかしい。

歓談の後、いよいよ蔵見学へと向かう。最初に案内されたのは使い込まれた甑である。予習はしていたが道具へのこだわりには改めて驚かされる。万物に神様が宿る日本古来の精神性を感じさせる道具へのこだわり。道具への愛着。古くなればメンテして使うし、新たに同じものを作る技術を養う。甑も暖気樽も麹蓋も昔と変わらない木製のものを大事に使い続けている。これをロマンと片付けるのは簡単だが、小さな地酒蔵ならまだしも剣菱ほどの大手がロマンだけでは立ちゆくはずもない。

大手であれば往々にして、安全性、効率性を重んじるものだが、剣菱はまるで発想が違う。この規模で、全量を麹蓋を使っての製麹、また蔵付き酵母(酵母無添加)による伊丹流生酛(剣菱では「生酛系山廃」と称している)で造っているなどとは俄に信じがたい。「え?本当に全量これでやっているんですか?」と訊いても「そうですよ」と白樫社長は涼しい顔だ。流石の京子さんも言葉を失っている。

しかし昔ながらの道具とやり方で酒を造れば、様々な要素に影響を受けるはずであり、剣菱が謳うような「同じ味を守る」ことは難しいのではないか?そんな疑問が湧くのは当然である。

以前の私は、「剣菱の特長は再現性であり、味を守るためにゴールから逆算した酒造りをしている」と受け売りの蘊蓄を語っていたものだが、そんな簡単な言葉で言い尽くせるようなものではないのだと思い知る。

もう一つ剣菱について語られるのはブレンド技術だが、整然と並び立つ389本の貯蔵タンクを目の当たりにすると圧倒されるばかり。「ブレンダーさんはこれだけのタンクの味を全部把握してるんですか?」と訊くと「全てをというのは難しいでしょうけど大体の傾向は掴んでいますね」と白樫社長。毎年できたお酒の味は違ったとしてもまともな酒を造りさえすれば、剣菱の味を再現できるということなのだろう。

味を守るための要素としては当然ながら米の存在も大きい。契約栽培の「山田錦」「愛山」を検査員資格を持つ精米杜氏の目で自家製米する。剣菱のラベルに精米歩合が書かれていないのはよく知られているが、米の状態により精米を変えるからであってゴールから逆算する酒造りの肝の部分である。同じ「再現性」と言ってもサラリーマンでもできるマニュアル化された酒造りのメーカーとは発想が真逆なのだ。

白樫社長は「愛山」について「この子はアイドルグループのセンターのような役割なんです」と分かるような分からないような説明をしてくれた。歌もダンスも実力のある「山田錦」をバックに従えて、愛嬌を振りまくのが「愛山」の役目なのだろう。恐らく。

剣菱の浜蔵には酒造りの道具や菰樽を作る木工所が併設されていて、ここで甑、麹蓋、暖気樽といった道具は作られる。2階には菰樽を作る工房もある。普段我々が目にする菰樽の菰は当たり前に化学樹脂製なのでそれに慣れてしまっているが、藁で編んだ本物の菰と見比べると流石に風格が違う。しかし菰が味を左右するわけではない。それなのに、だ。藁縄を作る業者が廃業してしまったので自社で作るのだと言う。どこまでもスケールがデカい剣菱が作る藁縄は京都の祇園祭でも使われているそうだ。

「わかったつもり」を悉くひっくり返されたような剣菱酒造訪問。

剣菱を後にした後、京子さんと私はまだ飲み込めていない数々の驚きを消化するため、大阪で剣菱を飲める店を探した。

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